蝋色師は漆の表面を磨き上げるのが仕事です。
漆の製品を思い浮かべる鏡面に輝いている漆黒は蝋色師の仕事の結果です。
蝋色師(ろいろし)
Roiro-shi
The work of Roiro-shi.
蝋色師の仕事
漆を仕上げる最後の職人
漆の最終工程を担う
漆の表面を磨き上げる。それが蝋色師の仕事です。
言葉にすると簡単なのですが、実はとても奥深く面白い世界がその中にあります。まず、蝋色師という仕事が単独で成立しているのは恐らく京都だけです。日本中に漆工芸の産地は多数存在しますが、他の産地では塗師が蝋色の仕事も兼ねることが通常です。それは、京都で作られる製品の多様性とも関連があります。他の産地では器や箱など比較的小さく手元で取り回しがしやすい昔は日用品として使われていたものが産品として主なものになります。しかし京都での仕事は建築物に含まれるものまで含めて、大きなものや広い平面、彫や加飾が施されているモノなど多岐にわたります。そのため磨きを行う職人も専門性が多く求められることから蝋色師も分業の一つとして成立しています。
また蝋色師はただ鏡面に仕上げるのが仕事ではありません、もう一つとても大切な仕事があります。それは漆の表面に金箔を押す場合の下地の製作です。京都の金箔は輝きを押さえた独特の風合いのある金色をしています。その色を表現する上で欠かせない行程が蝋色師の刷り上げと言われる技法です。金箔を押す際には使用する漆も箔下と呼ばれる専用に精製されたものを使用します。その表面を艶や輝きではなく、艶感と輝きを敢えて抑えて金箔の輝きをしっとりとした質感にするための素地を作ることも表面加工の最終工程として行います。
0.2~0.5mmの塗膜に秘められた技術
蝋色師が漆の表面を磨くとき、絶対に守らなければならないのが漆の塗膜です。漆は塗師が下地から数回の中塗りや上塗りを繰り返して均質で美しい表面に仕立てます。その際、一番上にあるもっとも美しい面が上塗りの最後の一層で、その薄さは0.2~0.5mm程度です。蝋色師が漆の表面を鏡のような鏡面に仕上げる上で、一番の敵は歪みです。
微細な歪みは、鏡面仕上げにすることで逆に目立ってしまうので、歪みなく真っ平な表面が望ましいのですが、塗師が漆を塗る際は刷毛を伝うため、必然的に刷毛目という波形状が表面に存在します。
波立った表面を本当に真っ平に研ぎ、磨き上げると、漆の一番きれいな上塗りの0.2mm程度の表面を破いてしまう恐れがあります。漆の塗膜は1層ごとに表情が違うため、その表面の塗膜を破ってしまうとその部分だけ輝き方にムラが出てしまいます。そのため蝋色師は刷毛を通した波立った表面の塗膜を破らないように0.2mmの層の中で一番美しく平均的に平面に見えるように表面を磨き上げます。その技術は正に人の手によってしか生み出せない微妙なバランスの中に存在する非常に繊細な仕事と言えます。
人の手が生み出す輝き
蝋色師の繊細な仕事とその技術を生み出すのは、人の手です。工芸品なのだから人の手で作り出されるのは当たり前に思うかもしれませんが、そうではなく、蝋色師が使う道具はその職人の「手」そのものなのです。
蝋色の工程は、まず塗師から仕上がってきた漆塗りの板を受け取ります。そこから柔らかい炭を使って表面を炭研ぎします。そして蝋色用の漆を使って表面をならし、最後にとても粒子の細かい磨き粉(伝統的には鹿の角を細かなパウダーにしたものを使用します)と椿油などの植物性の油で磨き上げます。その際に、蝋色師は掌の親指の付け根にある手の中で一番モッチリした部分を使って磨き上げるのです。
鹿の角粉と油を付けた掌を漆の表面に押し付けて磨き上げていくことで漆の表面はみるみるうちに輝きを増し、鏡のように光や風景を反射する美しい表面へと変化していきます。0.2mmの塗膜の中で繊細な作業を行い、漆の輝きを最大限に引き出していく蝋色師は、木地師から順番に回ってきた漆製品の最後を締めくくるとても重要な仕事です。蝋色で失敗すればもう一度、塗師に製品を戻して漆を塗り直さなければいけないこともあります。分業の中で職種の違う職人たちが次々と廻してきた一つの作品を完成させるとても重要で責任の重い仕事が蝋色師の仕事です。